SSブログ

衆議院の選挙を前に。最近思っていること

今日は、欧州連合とはあまり関係ない、最近私がよく考えていることを書きたいと思います。
お時間のある方は、お付き合いください。

安倍首相になって、憲法改正、集団的自衛権、靖国問題など、国の基本となるような選択を迫られていると感じます。

安倍首相がどうというより、時代の要請なのでしょう。

私は今、「新しい時代の日本を考える」必要性を痛切に感じています。

まず、憲法改正と集団的自衛権について。
確かに、軍隊をもつと使いたくなるというのは、そのとおりだと思います。でも、「平和憲法があったから戦争をしなかった」というのは、言葉が足りなすぎると思います。「平和憲法があって、わかりやすい冷戦構造にあって、アメリカに守られていたから、戦争をしなかった」のです。
冷戦が終わり、前にも書いたように、すべての国が全方位外交を強いられている今、アメリカの子分でいさえすれば安泰という時代ではないのだから、アメリカとの協調は堅持しつつも、自分の国は自分で守るしかないと思います。
今、日本が考えることは、「軍隊(国防軍)をもっても、いかに戦争をしないか」を真剣に考えるべきだと思うのです。もちろん、憲法改正に必用な国民投票をした後に、です。解釈改憲なんてとんでもない。

この点、欧州に学ぶべき点がたくさんあると思います。
2000年以上、欧州は、戦争を繰り返してきた。国、民族、宗教、価値観、正義が異なる人たちと戦争を繰り返してきた。そういうなかで、摩擦、争い、話し合いを何度も繰り返しながら、徐々に国際法、すなわち「みんなで共通のルールはもとう。たとえ戦時であっても」という基礎を、少しずつみんなで協力してつくっていったのだと思います。

「シビリアンコントロール(文民統制)」もそうです。国民が選んだ文民の政治家が、軍に勝る権限をもつ。民主主義の大原則の一つです。軍人が政治をつかさどると、いかに暴走するか、いかに国も人々も疲弊するか。自分の損害のみならず、相手に与えた損害で、いかにのちのちまで問題をこうむるか。身を持って危険を学んだから、こういう原則をうちたてたのです。

日本は、そういう蓄積を始めたばかり。
「軍をもっていたら使いたくなる」というのは事実です。実際、アメリカだのフランスだの英国だのが始終、国連軍の名の下にであっても派兵しているのは、あるから使いたいのと、使わないと腕がなまるから、そして国益を追求するためでしょう。

実に嘆かわしいことではあります。でも、だからこそ、彼らは自主性を保持している。ここに、根本的な矛盾が生じます。有事に国をしっかり守れる自国の軍隊はほしい、軍隊がないと、自分の国のことは自分で決める自主性は保持できない、でも戦争はしたくないというのは矛盾しています。
別の言い方としては、愛国心と平和は両立できるのか、矛盾するのではないか、という命題でもあります。

この矛盾は、命をかけて追及するべき、大きな大きな思想の命題です。

フランスの社会党を創設したジャン・ジョレスという人がいます。偉人としてパンテオンにまつられています。この人は「優れた愛国者であり、世界平和主義者」という評価になっています。つまり、矛盾する二つの思想を併せ持つことができた偉人ということになっているのですが、第一次世界大戦が始まろうとする荒波を前に、暗殺されてしまったのがポイントです。

今の日本の議論は、成熟していないと感じます。
矛盾と必死に向き合い、議論をしなければならないのに。
「持てば使いたくなるから、持つな」という論説も幼稚。
「持たないとアメリカを助けることができないから」という反論も幼稚だと感じてしまいます。


今の状況から考えると、国防軍をもたなくては、日本は生き延びることができない。でも、できるだけ戦争はしたくないし、防衛だけにとどめたい。それならば、国益を追求しつつ、戦争をしないような制度を真剣に考えるべきだと思います。対立と矛盾は、常にはらむ。でも、現実的な選択として、できるだけ理想に近づけるような制度を考える。白と黒の間のグレーといっても、さまざまな段階のグレーがあるのです。なかには、軍隊を保持しているけど中立を保っていて(徴兵制さえ残している場合もあるけど)、スウェーデンやスイスのような国もあります。

欧州はすでに、この問題を真剣に考えてきた。今行き着いたところが欧州連合だと思います。「政治的にまとまることで、安全保障を保とう」ということです。ウクライナ問題では、戦争がおきなかった。もしEUがなかったら、ロシアに味方する国があらわれ(フランスあたりが怪しい)、欧州大陸は戦前までの歴史のように分裂して、戦争が起きていたかもしれません。

次に靖国問題です。
この問題を聞くたびに私は「欧州で、民主主義は政教分離の原則をもつべきものだという理念は、このような問題に何度も遭遇して生まれたのだろう」と感じます。
実際に、日中韓と欧州では異なりますが、「隣国の外国人に何をいっても、基盤が違うのだから、通用しない」という基本の点では似ていると思います。今の時代では、欧州はみんな似て見えますが、以前は違ったのです。

それだけではなく、日本は一度も自分の手で、自国民に対する戦争責任の追及を公式にしたことがないと思います。あれだけの犠牲者を自国民の中に出して、「国のために死んだ」「彼らは靖国にいるのだ」という、お涙頂戴だけで語られては、たまったものではないです。どうして死んだのか、責任はどこにあるのか、自分たちの何が欠点だったのか、とことん追求しなかったら、国のために死んだ方が浮かばれないではないですか。
「すべて戦争が悪かった」とするのは、思想としてはありえます。でも、雑すぎます。国家としては、国家戦略として何が間違っていたのか、何が欠点だったのか、公式に反省する必要があります。

実際、ニューギニア戦線で死んだ人のほとんどは餓死だったという「地獄の日本兵―ニューギニア戦線の真相―」という本を読んだことがあります。手元に本がないのですが、著者である生き残りの飯田進氏は、戦略があって作戦が失敗して死んだのならともかく、彼らは脈絡もない無策な命令にしたがったために餓えて死んでいった、彼らのどこが国のために死んだというのだ、ただの無駄死にだ、若者が「彼らは国のために死んだのだ」というのを聞くと、「違う」と声を大にしていいたくてたまらない、と、著書のなかでものすごく憤っていたのを覚えています。この怒りが本を書く動機になったのだと思います。

特攻隊は、政府が降伏を決めた後にも出撃していました。どこまでも政治と国家の責任を糾弾してやろうとすることなく、「すべての人は死んで神様になった。日本はそういう優しい宗教観だ」などと言っている日本人は、何を考えているのでしょう。

宗教が政治にからむと、いかに問題がおきやすいか。欧州は宗教をめぐって何度も戦争をしたり、殺戮がおきたりで、やっと手にした制度が「政教分離」だったのだと思います。これも、民主主義の大原則の一つです。

靖国問題は、天皇を中心とした宗教問題という側面を、日本人は忘れています。というより、あえて語っていないような感じもします。
なのに今の日本では、「戦争でなくなった方をまつる」ということだけを感情的に論じ、神道と天皇制、戦前の現人神の思想からこの問題を論じようとする人を聞きません。これほどまでに、タブーになっているのでしょうか。

私は、昭和天皇が亡くなったときのことを覚えています。葬儀をどのように「非宗教」にするか、政府は必死に頭をしぼっていた記憶があります。これは政府の主催だから政教分離で非宗教で、黒幕つくって隠して云々、こちらは皇室行事だから宗教的なものがあって構わない、などなど。なんだか昔のほうがマシだったようにさえ見えます。現代は退化したというか。

昭和天皇は、現人神として祭られた歴史を背負っていたし、あの時代には、元復員兵や、戦前のなまなましい過去を覚えていた人がたくさんいた。戦争や戦友、天皇に対する思いも、もっと複雑なものだったはず。「靖国で会おう」ばかりではなかったはず。もっともっと複雑だったはず。いわゆるA級戦犯と呼ばれる人に対しても同じ。私が読んだ保阪 正康氏の本によると、東条首相は戦後、ものすごく元兵隊たちに評判が悪かった。政府の最高責任者で、敗戦したのだから、評判が良いわけはないのだが、自決しようとして失敗したのが何より評判が悪かったという。手元に本がないのですが、「自決するなら、自決しろ。生きるなら、どこまでも生きて、堂々と戦勝国を前に論じたてればいい。自決して失敗するなど、恥の上塗り」ということだったと思います。

それが、戦争を知らない人ばかりになって、「A級戦犯なんて、勝手に戦勝国が決めたんだ(確かにそうですが)」「彼らは国のために死んだのだ」と、これほどまでに単純化されてしまった。
前に、田原総一郎が、「私ですらもう、銃後の世代である。戦争の記憶はあるが、当時子どもで、戦争には行ったことがない」と言っていました。彼は1934年生まれ。石原 慎太郎だって1932年生まれ。田母神 俊雄にいたっては、1948年で戦後生まれである。

同じことは、フランスでも起こっている。私は以前、学校の授業で、ドイツ占領時代の昔を知るお年寄りに話しを聞きに行ったことがある。私がお話を聞いたお年よりは定年退職したお医者さんで、南西部に住んでいて、占領当時子どもだった。
「少なくとも私の住んでいた地方では、レジスタンスなんてものは、ほとんどなかった。報復されるのはわかっていたので、みんなじっとしていた。一度、ドイツ軍のちょっとした隙を狙って、『レジスタンス』した人々がいたが、ドイツ軍に火をつけられて報復されてしまった。土地の大人たちは『余計なことをしやがって』と、はねっかえりたちに冷たい視線を向けていた。レジスタンスの神話がフランスに打ち立てられているが、私がいた地方では、人々はもっと待ちの姿勢だった」と私に語った。これを一緒に聞いていた息子(現在40代)は、戦争経験皆無のくせにムキになり、「そういうこともあったかもしれないが、一部だ」と言い、いかにフランスがレジスタンスで戦ったか、教科書で読んだような話を私に語った。

どこの国も、歴史になっていくと、どんどん単純化されるものらしい。

それでも、どんなことを「教訓」として残すかは、国家の、人々の「後始末」の仕方によると思う。

靖国問題について、なぜもっと、民主主義における政教分離の重要さから論じる人がいないのだろう。
アメリカ大統領が参拝するのは、「無名戦士の墓」だ。アーリントン国立墓地には、すべての宗教の人が祭られている。
フランス大統領は、エトワール凱旋門にある「無名戦士の墓(第一次大戦)」である。アメリカとは逆に一切の宗教色が排除されている。
ここに民主主義の原則のなかで「自由」を最も尊重するアメリカと、「平等」を最も尊重するフランスの違いがある。

このように、宗教の問題にふれないよう、価値観が違う人や国と摩擦が起きないよう、細心の注意が払われているのだ。外国が文句つけたくてもつけられないのは、戦勝国だったというよりも、「無名戦士だから」「宗教色が全部あるから・全くないから」と、ちゃんと理論武装できるような存在になっているのだ。というより、戦勝国ですら、ここまで配慮している。
彼らは歴史上、必死に考えてきたのだ。国を守るために死んだ人を参拝するのは「愛国」だ。平和を祈るというのは、ある意味矛盾している。なぜなら彼らは、「敵から祖国を守り、敵を殺すために死んだ」のだから。戦勝を祝い、戦って亡くなった兵士を参拝するというのは、敵が負けてざまあみろということになりうる。敵は戦勝国を憎んで当然だ。でもそうではなく、犠牲の元に築かれた平和を尊ぶという思想。だからこそ、「人間共通のもの」にする必要があった。特に国家元首や要人が公人として参拝できる場所は、敵味方を問わず、国籍や人種、民族、宗教を問わず、人間の心に訴える施設にする必要があった。それが、「無名戦士の墓」であり、「すべての宗教を許可する、あるいは宗教色を一切なくす」ことであった。
日本だって、千鳥ケ淵戦没者墓苑に皇族や政治家がいっても、誰も文句言いませんよね? アメリカの要人ですらおまいりしています。
だから私は、靖国神社が外国の理解をえられなくても、無理もないと思う。
それどころか、日本人は、日本人に対してでさえ、戦争に対する責任や理由の総括・反省を、公式にしていないと思う。「戦争が悪い」のは確かだけど、そこで思考停止していると思う。

「アメリカなど諸外国でも、元首が亡くなった兵士に敬意をささげにいっている。だから首相が靖国に行くのに何が悪い」と言う人は、あまりにも議論が乱雑すぎる。無知すぎる。

つくづく最近思う。日本の民主主義は、これほどに脆弱だったのだろうか。
結局、「こういうもの」と一生懸命勉強して覚えて取り入れた制度だから、まだ血肉がついていない、あるいは足りないのかもしれない。

いま、世の中が右傾化している最も大きな理由の一つは、左派、つまり社会党が壊滅状態になってしまったことだと思う。
欧州を見ていると、日本の欠点がよくわかる。
このブログを読んでくださっている人は過去に読んでいただいているように、欧州では、左がとても強い。大体どの国も、中道右派と、中道左派=社会党系の2大政党、あるいは必要に応じて複数党が連立して2大会派になっている。
欧州連合においても、出身国を越えて、右派か左派かという思想がとても重要である。「自分の国の人よりも、他国の同じ主義思想の人」という動きがあるのは、欧州議会や欧州の政治では当たり前のものになっている。

なぜ日本の社会党は、消滅してしまったのだろう。
政権をとったら崩壊してしまったとは。
結局、日本の社会党には、冷戦問題を越える真の思想がなかった、あるいは昔はあったけどどんどん消えてしまったのだと思う。
そして、日本はあまりにもアメリカの子分だったのだと思う。「欧米」ではなく「米」のみだったのだと思う。

それでも長いこと、アメリカに追随が絶対基本のうえで政策を進める自民党に、社会党は一応反対する存在であり、ある程度政策に歯止めをかける機能をもっていた。でもそれは、思想ではない。少なくとも、私の記憶がある時代においては、思想対立ではなかった。

アメリカの子分でいれば安泰だった時代は終わってしまった。
それなのに、思想らしい思想もなく、理論らしい理論をたたかせることもなく、右派と右翼の暴走状態である。

日本はこのままでいいのだろうか。
いいはずがない。

集団的自衛権を認めれば、アメリカに従って戦争をしなければいけなくなる?
アメリカに頼まれても、どうしてもそこに日本の大義と国益がなければ、ノーと言えばいいではないか。
アメリカにノーと言うのが、恐くてたまらないのだろうか。
だからこそ、日本が自主独立するなら、日本は外交大国にならなければいけないのだ。
すべての国が全方位外交を迫られている今、日本は、アメリカ・中国・ロシアという大国が隣国ということを忘れてはいけない。
日本にとってアメリカは最大最高一番目の国だが、アメリカにとっては日本はそうではない。
欧州だけみても、東欧の国々、特にポーランドは、国がまた亡くなるかもという恐怖をもちながら、アメリカにすがっているのだ。

私は、日本はまだまだ欧州に学ぶべきことがたくさんあると思っている。
戦後日本は、ひたすらアメリカに追随してきた。まねしてきた。それは間違っているとは思わない。
でも、あんなに国土が広く、大きな島国で身近に危険がなく、鎖国しようと思えばできる地理にあり、自給自足できる国と日本は、あまりにも地政学的に違いすぎる。
アメリカの自由経済を学んでアメリカかぶれになった学者たちに、日本がつぶされてしまうのではないかとすら感じることがある。
社会・政治制度としては欧州に学んだほうがよっぽどいいと思う。国の大きさといい、規模と言い、日本に近い。でも、外交・経済・政治的には、欧州のようにまとまることのできる隣国を、日本はもっていない。
ジレンマだらけ。
それでも、日本はアメリカ・ロシア・中国という大国と隣国であるという地理だけは、絶対に変わらない。
どうすればいいのだろう。
どうしたらいいのか全然わからないけど、考えていかないといけないなと思う。
とにかく、どういう選択をするにせよ、大至急考えなければならないことは、日本は外交大国を目指すことだと思っている。
ネトウヨなんてやっているばあいではない。
欧州のどこかの国が右翼になっても、欧州連合という大きな場と蓄積がある。
政治的な集団安全保障がある。
日本は孤立するだけだ。
孤立したら、滅びてしまうかもしれない。
それくらいの危機意識をもつべきだと思う。
日本が平和を堅持しながら生き延びる道は、外交大国しかないのだ。

nice!(0)  コメント(2)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 2

キバナ

こんにちは
選挙が終わりましたね

640億もの税金を使った安倍首相のための選挙でした(苦笑)
元々小選挙区制ではあまりに1票の格差が大きかったりと違憲状態なんで、この状態でやれば自民圧勝はやる前からわかってたんですよね
おまけに野党の対立政党がいないので・・・
日本って本当の民主主義国家にはまだなってないのかもしれません(苦笑)
ある意味一党独裁状態ですからね。ずーっと


安倍政権は大日本帝国時代の価値観そのものですから、これからの日本は生きにくくなるだろうなと感じています。
sallyさんも指摘されてますように、彼は戦争の国家責任を絶対に口にしません。
天皇が絡むというのも大きいでしょうね(彼らはまた天皇を現人神のように扱おうとしてますからね。退化してますよホント)
その他の政策や憲法改正案を見てもわかりますが、彼らは戦後の日本国を否定し、戦前の大日本帝国を肯定しているわけですからね・・・
男女の役割とか(慰安婦問題はますます解決できないでしょうね・・・)家族観なんかも戦前みたいなこと言ってますからね



本当、今後の日本はどうなるんだと心配です
今はインターネットがありますから今までの時代とは違うでしょうが
遅れまくった価値観を振り回すのはやめてほしいもんです
by キバナ (2014-12-15 17:59) 

葉

日本は既に軍を持っているようなものだと思うのですが・・・(自衛隊ってどう見ても軍隊ですよね)
私も軍を持つこと自体は賛成なんです。
ただ、なぜ今既にある個別的自衛権ではなく集団的自衛権に変えなければいけないのか?と疑問なんですよね

集団的自衛権にしてしまったら、アメリカ様のために自衛隊が利用されるだけなのでは、と

今の日本はsally様も仰っておられるように国家責任というものを認めない国です。
先の大戦のこともそうですし、東日本大震災での原発事故もそうです
(私は未だに日本がオリンピック開催国になったことが信じられません)
こんな国の政府が集団的自衛権を持つことはかなり危険なように思えるのです
国家責任を認めない国で持って大丈夫なんだろうか?と


日本はアメリカより欧州を目指すべきというのも同感です
規模的にも似てますよね

by (2014-12-23 05:14) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。